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平泉ホテル武蔵坊


平泉 / 平泉
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉字大沢15

・平泉(東北本線)徒歩12分
・東北道・平泉前沢

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【平泉の豆知識】 - wikipediaより抜粋
平泉町の概要:
平泉町(ひらいずみちょう)は、東北地方の中部、岩手県南部、胆沢盆地に位置する町。
平安時代末期に、奥州藤原氏の根拠地となった町として有名である。奥州藤原氏の時代には、平泉の人口は10万〜15万人と推定され、当時の日本(推定総人口1000万人)において、京都(16万〜30万人)に次ぐ大都市として栄えた。現在でも、中尊寺や毛越寺などの遺跡から、当時の繁栄を偲ぶ事ができる。

平泉町の歴史:
衣川と磐井川に挟まれた比較的開けた丘陵地帯にあり、またすぐ東を北上川が流れているために、水運にも優れた地域である。奈良時代から平安時代にかけて、ここの支配権をめぐって各勢力がしばしば激しく争った。
古代期から、平泉は軍事の要衝地帯として重要視されていた。8世紀には大和政権と蝦夷勢力の衝突が胆沢盆地を中心に行われ、そのもっとも大きなものである792年(延暦11)の大和政権の坂上田村麻呂と蝦夷方のアテルイの戦いは平泉近辺におけるものであった。その後、蝦夷勢力の衰退と802年(延暦21)の胆沢城(奥州市水沢区)の築城とともに大和政権の支配下に入るようになった。
間もなく近辺で黄金が産出されることが判明し、水運の拠点として平泉の重要性はいよいよ高まった。平安時代後期には地元の豪族であった安倍氏が俘囚長として、胆沢盆地を含む奥六郡を支配し、近辺では国司よりもはるかに強力な勢力を持つが、前九年の役で源頼義・義家親子に滅ぼされた。平泉はその際に源氏に味方した清原氏の支配下に置かれたが、清原氏の内紛である後三年の役を経て勝ち残った清原清衡(藤原清衡)が藤原氏を名乗り、根拠地を江刺郡豊田館(奥州市域)から磐井郡平泉(平泉町域)に移して居館を建設した。そして以後、清衡から藤原泰衡の4代にわたっての奥州藤原氏の本拠地として栄華を極めた。
束稲山(高館義経堂より撮影 2005年5月)藤原氏の治世のもと、平泉には有名な中尊寺や毛越寺などが建立され、さらに第3代当主・藤原秀衡は名馬や黄金を朝廷にたびたび献上して、その経緯から京都の文化を取り入れるまでに至った。また、アイヌをとおして大陸(沿海州)などとも交易をしていたことも知られている。しかし秀衡死後の1189年、源義経を匿ったことから源頼朝の追討を受け、泰衡は混乱の中で家臣に殺され、ここに奥州藤原氏は滅亡した。

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